Wednesday, December 18, 2013

大阪国際女子マラソン 引退レースの赤羽有紀子 夢追い続けたマラソン人生



 赤羽は迷いのない笑顔で会見に臨んだ。ラストランの舞台に自ら選んだ浪速路。初マラソンを踏み、初優勝を経験した一方、途中棄権で涙にくれた苦い思い出もある。「いいことも悪いことも経験してきた。最後を締めくくりたい」。仮に好タイムを出しても、引退の意思は変わらないことも強調した。

 自らを「完璧主義者」と表現することがある。ママさんランナーとして注目されてきたが、どちらかといえば家事や子育ては夫の周平コーチや両親に任せ、競技に集中するスタイルを貫いてきた。マラソンでメダルを取り、夫の首にかけるという夢があったからだ。

 トラックでは北京五輪に出場したものの、結局マラソンでは五輪切符はつかめずじまい。年齢的に2016年リオデジャネイロ五輪を狙うことが現実的でなくなったことが自ら引き際を決めた最大の要因。合宿や海外遠征で長女と長期間離れることも多かったが、大きな夢を追い続けてきた自分の姿には誇りもある。

 陸上人生を振り返れば、マラソンは悔いの残るレースが多かった。だから、最後は笑ってゴールに飛び込みたい。「勝負には徹していきたい。30キロ以降も余裕を持てるかどうか」。年末年始も合宿で徹底的に長い距離を走り込む。最後の42.195キロを走り終える瞬間まで、懸命に自らを追い込んでいく。(丸山和郎)

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